法改正
2021/07/09
短時間労働者の被用者保険の適用拡大への実務対応 Part2
2022年10月より、短時間労働者の被用者保険の適用が拡大されます。
2回に分けて、改正内容を解説しています。
前回のトピックでは、特定適用事業所の制度内容と改正内容について説明しました。
(前回のトピック:「短時間労働者の被用者保険の適用拡大への実務対応 Part1」
今回は、「短時間労働者に対する被用者保険の適用拡大」について、短時間労働者の適用要件と実務対応を解説していきます。
特定適用事業所の現行の要件と改正後(2022年及び2024年)の要件は以下のとおりです。
対象 |
要件 |
現行 |
2022年10月~ |
2024年10月~ |
事業所 |
事業所規模 |
常時500人超 |
常時100人超 |
常時50人超 |
短時間労働者 |
労働時間 |
週の所定労働時間が
20時間以上 |
変更なし |
変更なし |
勤務期間 |
1年以上見込まれる |
2ヶ月以上見込まれる
または見込みがある |
2022年10月から変更なし |
賃金 |
月額8.8万円以上 |
変更なし |
変更なし |
適用除外 |
学生でないこと |
変更なし |
変更なし |
短時間労働者のそれぞれの要件(労働時間、勤務期間、賃金、適用除外)について解説していきます。
●労働時間について
「週の所定労働時間が20時間以上」とは、あらかじめ契約書等で定められた労働すべき時間を指します。時間外労働等で結果的に労働時間が一時的に20時間以上になった場合であっても要件を満たすこととはなりません。
そのため、これまで特定適用事業所ではなかった企業で、短時間労働者にならないように、労働者の週の所定労働時間を20時間未満に減らすことを検討するところも増えると見込まれます。
その企業の中には、契約書上は週の所定労働時間を20時間未満としつつ、時間外労働を行わせ、恒常的に週20時間以上労働させるところもあるかもしれません。
ただし、社会保険においては実態主義(雇用保険は契約主義)を採用しているため、恒常的であれば結果的に要件を満たしていると判断される可能性があります。現行でも、2カ月連続で実際の労働時間が週20時間以上となり、なお引き続き、実際の労働時間が20時間以上となる場合は、3カ月目から社会保険の適用となると取り扱われています。
週の所定労働時間についての問い合わせが多いのは、下の質問です。
Q:所定労働時間が1カ月単位で定められている場合、1週間の所定労働時間をどのように算出したらいいか。
A:1カ月の所定労働時間を12分の52で除して算出します。
(例)契約時間が月90時間の場合、90時間÷52週×12月=週平均20.7時間
●勤務期間について
勤務期間については、法改正により2022年10月から適用要件が変わり、被保険者(フルタイム等)と同様の「2月以内の期間を定めて使用される者であって、当該定めた期間を超えて使用されることが見込まれない者」の要件が適用されることとなります。
|
根拠となる法律 |
現行 |
2022年10月1日~ |
短時間労働者 |
(健康保険法)
第3条第1項第9号ロ
(厚生年金保険法)
第12条第1項第5号ロ |
当該事業所に継続して一年以上使用されることが見込まれないこと |
( 削 除 ) |
被保険者 |
(健康保険法)
第3条第1項第2号ロ
(厚生年金保険法)
第12条第1項第1号ロ |
二月以内の期間を定めて使用される者 |
二月以内の期間を定めて使用される者であって、当該定めた期間を超えて使用されることが見込まれない者 |
では、2カ月を超えて雇用されることが見込まれるかどうかについては、どのように判断するのでしょうか。
平成28年に日本年金機構から公表されているQ&Aでは、以下のいずれかに該当する場合は、「見込まれる」と判断されます。
・就業規則、雇用契約書等その他書面においてその契約が更新させる旨又は更新される場合がある旨が明示されていること
・同一の事業所において同様の契約に基づき雇用されているものが更新等により2カ月以上雇用された実績があること
ただし、労使双方により2カ月を超えて雇用しないことについて同意しているときは、雇用期間が継続して2カ月を超えると見込まれないこととして取り扱われます。
今回の改正により、特定適用事業所に該当しない企業においても、今後は2カ月を超える雇用の見込みがあれば、入社初日から社会保険加入となるでしょう。
●賃金について
月額8.8万円の判断については、基本給及び諸手当によって行われます。
ただし、次の賃金は算入されないこととなります。
・臨時に支払われる賃金(結婚手当等)
・1月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)
・時間外労働に対して支払われる賃金、休日労働及び深夜労働に対して支払われる賃金(割増賃金等)
・最低賃金において算入しないことを定められている賃金(精皆勤手当、通勤手当及び家族手当)
なお、社会保険の取得時において報酬月額を決定するときは、月額8.8万円の判断に算入されなかった賃金(上記記載の手当)も含めて報酬月額を決定することとなります。
一部の企業においては、短時間労働者への適用を回避するために、月額8.8万円未満となるように労働契約の変更(労働時間数を減らす等)を行うケースも考えられます。労働契約の変更は従業員合意のもと変更する場合は問題とはなりませんが、一方的に変更する場合は注意が必要です。
また、賃金の割り振りを変更して基本給及び諸手当を減額し、算入しない手当を増額する企業も出てくるかもしれません。こちらについては、法違反ではありませんが、法の趣旨からして、好ましくないでしょう。
近年、最低賃金額がどんどん引き上げられています。1カ月を4.34週(365日÷12月÷7日)で考えた場合に、週20時間の契約とすると、時間額1,014円で月額8.8万円を超えることとなります(8.8万円÷4.34週÷20時間≒1,013.82円)。
令和2年10月の東京都の最低賃金が1,013円となっていますので、大都市(現在最低賃金額が900円を上回っている都府県 東京・神奈川・埼玉・千葉・愛知・京都・大阪・兵庫)ほど、今後は月額8.8万円を回避することが難しくなってきます。
●適用除外について
大学、高等学校、専修学校、各種学校(修業年限が1年以上の課程に限る)等に在学する生徒または学生は適用対象外となります(雇用保険の取扱いと同様です)。
ただし、次に掲げる方は例外的に被保険者となります。
・卒業見込証明書を有する方で、卒業前に就職し、卒業後も引き続き同じ事業所に勤務する予定の方
・休学中の方
・大学の夜間学部および高等学校の夜間等の定時制の課程の方等
ここからは法改正に向けての対応策を解説していきます。
●新たに短時間労働者となる労働者の把握
特定適用事業所に該当しそうな場合、事前に短時間労働者の要件(労働時間、勤務期間、賃金、適用除外)に該当する者が何名いるのか把握しておく必要があります。
●自社の対応策を検討する
アンケート調査(独立行政法人 労働政策研究・研修機構が実施した「社会保険の適用拡大への対応状況等に関する調査」(事業所調査)及び「社会保険の適用拡大に伴う働き方の変化等に関する調査」(短時間労働者調査)結果(平成30年2月23日報告))によると、社会保険の適用拡大に伴い、雇用管理上、何らかの見直しを行ったか尋ねたところ、①「見直しを行った」事業所の割合は33.0%、②「(適用拡大の対象者はいたが)、特に見直しを行わなかった」が32.5%、③「適用拡大の対象者が、そもそもいなかった」が34.2%等となっています。
「見直しを行った」について、既存の対象者(短時間労働者となる可能性がある方)に対し、①「所定労働時間を短縮した」が66.1%、②「所定労働時間を延長した」が57.6%、③「正社員へ転換した」15.3%④「月額賃金の水準設定を引き下げた」が3.6%となっています(複数回答)。
アンケート調査結果も踏まえ、自社の対応策を検討しましょう。
●短時間労働者に該当する労働者へ説明
自社の対応策によって説明の内容が変わってきます。
所定労働時間の引き下げ又は月額賃金の水準設定の引き下げの場合は、変更に対して従業員の同意が必要になりますので、注意が必要です。
一方、所定労働時間の引き上げまたは正社員へ転換の場合(現状維持も含む)に、社会保険に加入したときは、配偶者等の社会保険の扶養者から外れるため、配偶者等の会社の制度によっては、これまで配偶者等に支給されていた家族手当や配偶者手当等が支給されなくなるケースも考えられます。
労働条件の変更(現状維持を含む)のメリット・デメリット等を予め整理し、説明を行いましょう。
●2か所以上で社会保険に加入することもある
働き方改革により、兼業・副業が増えてきています。自社で週20時間労働の契約を締結し、副業先でも週の所定労働時間が20時間以上の契約を締結している場合、自社・副業先の両方で社会保険に加入するケースが考えられます。
その場合は、どちらの健康保険を選択するのかの判断や保険料の案分計算等が必要となります。
副業を許可している企業においては、申請許可のルールの見直し(副業先で契約している労働時間を申告してもらう等)を検討しておきましょう。
●助成金の活用
所定労働時間の引き上げ又は正社員へ転換の場合はキャリアアップ助成金の対象となる場合があります。毎年支給要件が変更されており、2021年度は賃金額3%アップ(2020年度は賞与を含め5%アップ)が支給要件の一つとなっています。助成金を受給する場合は先にキャリアアップ計画書の提出が必要となります。
●その他の注意点
その他にも、企業の社会保険料の負担額増加、社会保険加入に伴う各種給付金の受給の適用、年金額の調整、長時間労働となる問題、契約を終了されるための解雇・雇止め問題など、企業によってはさまざまな対応策が必要となります。
2022年10月からは100名超の企業が特定適用事業所の対象となりますが、2年後の2024年10月からは50名超の企業も対象となります。50名超の企業においても先を見据えた対策等を検討しておくことをお勧めします。
特定適用事業所・短時間労働者の適用については、弊所まで問い合わせください。
(参考)
「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律の概要」
https://www.mhlw.go.jp/content/12500000/000636611.pdf
「社会保険の適用拡大への対応状況等に関する調査(事業所調査)及び社会保険の適用拡大に伴う働き方の変化等に関する調査(短時間労働者調査)結果」
https://www.jil.go.jp/press/documents/20180223.pdf
「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大Q&A集」
https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/jigyosho/tanjikan.files/04.pdf
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